元史卷一百二十三 列傳第十 阿喇勒烏蘇

回鶻千夫長から宮廷警護へ

  • 阿喇勒烏蘇は回鶻巴鄂爾氏、その国で千夫長を務めていたが太祖の西域親征が巴鄂爾の地に至った際、部曲を率いて降り、瀚海・輪臺・髙昌・于闐・塔實干等の攻略に従い戦い抜いたが軍中で没した。子の喇卜丹は世祖の北征に功があり至元二十九年(1292年)年百二歳で卒した。子の沙木斯鼎には子五人があり、長の烏瑪喇は陳州達嚕噶齊、次の博貝は隆鎮衛都指揮使、次の實都は監察御史、次の哈瑪特は拱衛直司都指揮使、次の額森博貝は驍勇善騎射で成宗・武宗・仁宗の三朝に寵遇され、前後で賜った楮幣は四十万緡余に及び榮禄大夫・三珠虎符に至った。子の鄂多瑪勒が職を襲ぎ、致和元年(1328年)八月、上都から逃れてきた者を丞相雅克特穆爾が用いて壮士百人を率い穆爾特穆爾らを托囉克台駅で擒えて献じ、衣一襲・托克托黙色甲・金束帯・白金百兩・鈔二百錠を賜った。天暦元年(1328年)九月、行院同僉となり、十月呼喇台・満済勒噶等軍を蘆溝橋で撃破し紫荊闗まで追撃、安圖の将兵千五百人を招降しさらに賞を受け、二年に樞僉院、三年に隆鎮衛都指揮使兼領拱衛司となった。