元史卷一百二十二 列傳第九 哈蘇納
西域千戸としての世系
- 哈蘇納は竒雅喇氏、太祖の王汗征討に功があり班珠爾河の水を共に飲み「我とこの水を飲む者は世々我が用となる」と諭された。後に諤爾根軍を領し太祖の西域征討で賽瑪爾堪・布哈爾等城を攻略、太宗時にも諤爾根軍と回回人匠三千戸を蕁麻林に率い、平陽太原両路達嚕噶齊兼管諸色人匠を授けられ、後に病で卒した。子の訥古伯が襲爵し、憲宗の釣魚山攻めに功があったが病で卒し、子の薩題勒密實が襲い、その卒後、子の茂巴爾が襲って桂齊千戸となり西域親軍副都指揮使に遷り、大德元年(1297年)卒した。弟の圖們岱爾が襲い、その卒後は子の哈喇章が襲った。