元史卷一百十五 列傳第二 順宗

出自と早世

  • 順宗昭聖衍孝皇帝、諱は逹爾瑪巴拉。裕宗の第二子で母は徽仁裕聖皇后。至元初め裕宗が燕王として燕邸で生まれ、翌年潮河に居し、八月京師に召された。世祖巡幸・朝賀には常に裕宗に従った。世祖より実古氏を賜わり、後に鴻吉哩氏を妃に迎えた。
  • 二十二年(1285年)裕宗薨去後、皇孫として両宮に鍾愛され出閤の礼も厚遇された。二十八年(1291年)懐州に出鎮、従卒が民の桑棗を伐った際は杖罰で衆を戒め、世祖はこれを大いに喜んだ。病のため召還され、翌年世祖北幸中に薨去、享年二十九。
  • 子三人、長子アムールク(魏王、実古氏所生)、妃所生の哈尚(武宗)、阿裕爾巴里巴特喇(仁宗)。大徳十一年(1307年)秋、武宗即位後に昭聖衍孝皇帝と追諡し廟号順宗として太廟に祔した。