元史卷七十八 志第二十八 輿服一

総説

  • 遠く黄帝・堯・舜が衣裳を垂れて天下を治めたのは乾坤に取ったものであり、服牛乗馬して重きを引き遠きに致すのは大壮の卦に取ったものである。冕服・車輿の制はその由来が久しい。『虞書』では舜が十二章を作り五服で有徳の者に命じ、車服で有功の者に賞した。『礼記』にいう虞の鸞車・夏の鉤車・商の大輅は、周に至って前代を損益し、弁師が王の五冕を、巾車が王の五輅を掌り儀文が備わり始めた。孔子が天下を治める大法を論じるとき、殷の輅はその質を取って中を得、周の冕はその文を取って中を得るとした。秦が天下を併せるに及び六国の車旗服御を収めて侈靡を窮め、大駕・法駕から鹵簿に至るまでを備えた。漢は秦の後を承けて多くその旧に因り、唐・宋もまた秦の法に倣って盛典とした。文質の適中の義については君子の議するところがあろう。
  • 元の初め、国を立てるにあたり庶事は草創で冠服・車輿はみな旧俗に従ったが、世祖が天下を混一するに及び、近くは金・宋を取り遠くは漢・唐に法り、英宗が太廟を親祀するに至って鹵簿の令を復置した。これを考えるに、上は天子の冕服・皇太子の冠服・天子の濟遜(ジスン)・天子の五輅と腰輿・象轎、及び儀衛隊仗、下は百官の祭服・朝服と百官の濟遜、士庶人の服色に至るまで粲然として章秩あり然として序あり、おおむね古今を参酌し随時損益して、朝廷の盛・宗廟の美・百官の富をあわせ一代の制作を成した。よって輿服志を作り、儀衛をその後に附す。

冕服

  • 天子の冕服・衮冕は漆紗で作り上を覆うものを綖という。青表朱裏、綖の四周を珍珠で巻いた雲龍で飾り、前後の旒は各12で珍珠を用いる。綖の左右に黈纊(耳当て)2を垂れ𤣥紞で繋ぎ玉瑱を承ける(纊は黄色で珠を絡める)。冠の周囲は珠の雲龍で網結い翠柳を通す。綖の上には天河帯1を横たえ左右が地に至り、珠鈿窠の網結・翠柳・朱糸組2を笄に属け纓絡とし、翠柳で調珠し玉で簪を作り冠に横貫する。
  • 衮龍服は青羅で作り、生色に金を銷して帝星1・日1・月1・昇龍4・複身龍4・山38・火48・華蟲48・虎蜼48を飾る。裳は緋羅で裙のような形とし、文繡で飾る。凡そ16行、毎行に藻2・粉米1・黼2・黻2。中単は白紗絳縁、黄勒帛を副える。蔽膝は緋羅(褾は緋絹裏)、その形は襜袍の上に着けるようで複身龍を繍う。玉珮は珩1・琚1・瑀1・衝牙1・璜2で、衝牙で璜を繋ぎ珩の下に銀の獣面(黄金塗り)が双璜を挟む。次にまた衡があり下に衝牙、傍に別に双的(当たると音を発する)を施す。大帯は緋白二色の羅を合縫して作る。玉環綬は納奇実(金錦)で作り、上に小玉環3・下に青糸織網。紅羅鞾は紅羅で靿を高く作る。履は納奇実で双耳2帯絇を珠で飾る。襪は紅綾で作る。
  • 右按:太常集禮によれば、至元12年(1275年)11月、博士が冕の制を議した。天版は長1尺6寸・広8寸・前高8寸5分・後高9寸5分・身囲1尺8寸3分(納言を並せ)、青羅を表・紅羅を裏とし縁を黄金で巻く。天版下四面の珠網結子花素墜子は前後計24。旒は珍珠、青碧線で天河帯を織り両端に珍珠・金翠・旒3節・玉滴子節花を付す。全て紅線組帯2、上に珍珠・金翠旒・玉滴子、下に金鐸2。梅紅繍欵幔帯1、黈纊2は珍珠を垂繋し金萼子2で括る。簪窠・欵幔・組帯の鈿窠各2、内組帯窠4はいずれも玉を鏤める。玉簪1、頂面に雲龍を鏤める。衮衣は青羅を夾製し五采・金を間ねて日月星辰・山龍・華蟲・宗彛を繪う。正面は日1・月1・升龍4・山12、上下襟の華蟲・火各6対、虎蜼各(闕)対。背は星1・升龍4・山12・華蟲火各12対・虎蜼各6対。中単は白羅単製で羅の領褾襈。裳1帯褾襈全、紅羅8幅夾造、上に藻・粉米・黼黻を繍う(藻32・粉米16・黼32・黻32)。蔽膝1帯褾襈、紅羅夾造8幅、上に升龍2を繍う。綬1幅は6采織造、紅羅托裏の小綬3色は大綬と同じ。銷金黄羅綬頭、金上に3玉環(雲龍を碾む)を間施。緋白の大帯1は銷金黄帯頭、鈿窠24。紅羅勒帛1、青羅抹帯1、佩2(玉の上中下璜各1・半月各2はいずれも雲龍文を碾み、玉滴子各2はいずれも珍珠で穿造)、金箆鉤・獣面・水葉環釘全。涼帯1(紅羅裏に金を鏤め、上に玉鵞7、尾の束各1は金で龍口・玳瑁を攀り釘で襯る)。舄1(重底、紅羅面・白綾托裏、如意頭に銷金黄羅で縁口、玉鼻・珍珠飾、金緋羅錦)。襪1両。
  • 大徳11年(1307年)9月、博士が唐制を議した。唐の天子の衮冕は白珠12旒を垂れ組で纓とし色はその綬に同じ、黈纊で耳を充て玉簪導、𤣥衣繡裳は凡そ12章(衣に8章:日月星辰・山龍・華蟲火宗彜、裳に4章:藻粉米黼黻)、褾領は升龍でみな織成する。龍章以下は毎章1行、毎行12。白紗中単に黼領・青褾襈裾、黻に龍山火の3章を加える。毳冕以上は火山の2章、絺冕は山の1章、𤣥冕は無章。革帯・大帯・玉佩綬・襪は上と同じ、舄は金飾を加える。享廟・謁廟及び朝遣上将征還・飲至・践阼加元服・納后・元日受朝及び臨軒冊拜王公にはこれを服する。また宋制の天子服には衮冕があり、広1尺2寸・長2尺4寸、前後12旒、2纊はいずれも珠を貫き、また翠旒12を碧鳳がこれを銜え珠旒の外にある。冕版は龍鱗錦を表とし上に玉を綴じ七星とし、傍に琥珀餅・犀各24を施し、周りに金糸網を綴じ珍珠・雑宝玉を鈿める。紫雲白鶴錦の裏、4柱は七宝で飾り紅綾裏・金飾・玉簪導・紅糸絛組帯、これを平天冠ともいう。衮服は青色で日月星山龍雉虎蜼の7章、紅裙は藻火粉米黼黻の5章、紅蔽膝は升龍2を織成し雲彩を間ね金銀花鈿窠で飾り珍珠琥珀雑宝玉を装う。紅羅襦裙は5章を繍い青褾襈裾、6采綬1・小綬3・結玉環3、素大帯朱裏青羅・4紳帯2は4紳の繍いで盤結(綬帯の飾は衮服と同じ)。白羅中単・青羅抹帯・紅羅勒帛・鹿盧玉具劒・玉鏢首は白玉を鏤む。双佩は金飾で珍珠を貫き金龍鳯の革帯、紅襪・赤舄・金鈒花・四神・玉鼻。天地宗廟を祭り尊号を受け元日受朝冊皇太子にはこれを服する。事はついに行われなかった。延祐7年(1320年)7月、英宗が礼儀院使バルスジス(巴爾斯濟蘇)に旨を伝えさせ、省臣に太常礼儀院と速やかに法服を製するよう命じた。8月、中書省が翰林・集賢・太常礼儀院官を会集し、秘書監所蔵の前代帝王衮冕法服の図本に依り講議し、有司に命じてその式の通り製せしめた。
  • 鎮圭は玉で作り、長1尺2寸、袋を副える。
  • 皇太子の冠服:衮冕・𤣥衣・纁裳・中単・蔽膝・玉佩・大綬・朱襪・赤舄。
  • :太常集禮に至元12年(1275年)博士が擬した衮冕の制では、白珠9旒・紅糸組を纓とし青纊で耳を充て犀簪導、青衣朱裳9章(衣に5章:山龍・華蟲火宗彛、裳に4章:藻粉米黼黻)、白紗中単・青褾襈裾、革帯は塗金銀鉤䚢、蔽膝は裳色に随い火山の2章、瑜玉双佩、4采織成大綬で玉環3を間施、白襪朱舄(舄に金塗銀釦を加える)。大徳11年(1307年)9月、前代の制度を照擬した。唐制の皇太子衮冕は白珠9旒を垂れ紅糸組を纓とし青纊で耳を充て犀簪導、𤣥衣繍裳9章(衣に5章:龍山・華蟲火宗彜、裳に4章:藻粉米黼黻、織成して毎行1章、黼黻は重ねて等とし毎行9)。白紗中単・黼領・青褾襈裾、革帯は金鉤䚢・大帯、蔽膝は裳色に随い火山の2章、玉具劒は金宝飾・玉鏢首、瑜玉双佩、朱組双大綬は4采(赤白縹紺)純朱質、長1丈8尺・首広9寸、小双綬は長2尺6寸で色は大綬と同じくその首の半、玉環3を間施、朱襪赤舄に金飾を加える。祭祀に侍従し謁廟・加元服・納妃にこれを服する。宋制の皇太子衮冕も白珠9旒を垂れ紅糸組を纓とし青纊で耳を充て犀簪導、青衣朱裳9章(衣に5章:山龍・華蟲火宗彜、裳に4章:藻粉米黼黻)、白紗中単・青褾襈裾、革帯は塗金銀鈎䚢、蔽膝は裳色に随い火山の2章、瑜玉双佩、4采織成大綬で玉環2を間施、白襪朱舄に塗金銀飾を加える。加元服・従祀・受冊・謁廟・朝会にこれを服する。すでに制を擬したが遂に造られなかった。
  • 三献官及び司徒・大礼使の祭服:籠巾貂蟬冠5、青羅服5(領袖襴はみな皂綾)、紅羅裙5(皂綾為襴)、紅羅蔽膝5(羅花様はみな牡丹)、白紗中単5(黄綾帯)、紅組金綬紳5(紅組金訳語で納奇実、各佩玉環2)、象笏5、銀束帯5、玉佩5、白羅方心曲領5、赤草履5対、白綬襪5対。
  • 助奠以下諸執事官冠服:貂蟬冠・獬豸冠7梁冠6梁冠5梁冠4梁冠3梁冠2梁冠合計200、青羅服200(領袖襴はみな皂綾)、紅綾裙200(皂綾為襴)、紅羅蔽膝200、紫羅公服200(梅花羅を用いる)、白紗中単200(黄綾帯)、織金綬紳200(紅198・青2、各銅環2を佩す)、銅束帯200、白羅方心曲領200、銅佩200、展角幞頭200、塗金荔枝帯30、烏角帯170、皂鞾200対、赤革履200対、白綾襪200対、象笏30、銀杏木笏170。
  • 凡そ献官・諸執事の行礼はみな法服を着るが、監察御史のみ2冠獬豸服青綬。迎香・読祝及び祀日の陰雨には紫羅公服を着け、6品以下はみな借紫を得る。
  • 都監庫・祠祭局・儀鸞局・神厨局の頭目・長行人等:交角幞頭50、窄袖紫羅服50、塗金束帯50、皂鞾50対。
  • 初め憲宗壬子年(1252年)秋8月、日月山で天を祭るに冕服を用い、これより始まった。成宗大徳6年(1302年)春3月、麗正門外丙地で天を祭るに献官以下諸執事に公服で行礼させた。この時大都に未だ郊壇なく大礼に公服を用いたのはこれより始まる。9年(1305年)冬至の祭享には冠服を用い宗廟の見用のものに依り製した。その後、節次の祭祀に合祀天地・増配位従祀があり献攝の職事も続いて冠服を置いた。法服庫に収掌するもの、法服299、公服280、窄紫295。至大年間(1308-1311年)、大常博士李之紹・王天祐が親祀の冕に旒なく大裘に衮を加えることを疏陳し、黒羔皮で作った。臣下従祀の冠服は歴代異なる所を尚びその制は一様でないため、議して宗廟見用の冠服制度に依ることとした。
  • 社稷祭服:青羅袍123、白紗中単123、紅梅花羅裙123、藍織錦銅環綬紳2、紅織錦銅環綬紳117、紅織錦玉環綬紳4、紅梅花羅蔽膝123、革履123、白綾襪123、白羅方心曲領123、黄綾帯123、佩123(銅珩璜119・玉珩璜4)、藍素紵糸帯123、銀帯4、銅帯119、冠123(水角簪金梁冠107・紗冠10・獬豸冠2・籠巾紗冠4)、木笏123(紫羅公服123、黒漆幞頭123、展角全2色羅挿領123、鍍金銅荔枝帯10、角帯113、象笏13、枝木笏110枝、黄絹単包複123、紫紵糸抹口青氈襪113、皂鞾123、窄紫羅衫30、黒漆幞頭30、銅束帯30、黄絹単包複30、皂鞾30、紫紵糸抺口青氈襪30)。
  • 宣聖廟祭服:献官法服(7梁冠3・簪全、鴉青袍3、絨錦綬紳3〈各帯青絨網并銅環2〉、方心曲領3、藍結帯3、銅佩3、紅羅裙3、白絹中単3、紅羅蔽膝3、革履3〈白絹韈全〉)、執事儒服(軟角唐巾・白襴挿領・黄鞓角帯・皂鞾各98)。曲阜祭服:連蟬冠43・7梁冠3・5梁冠36・3梁冠4、皂紵糸鞋36、鞔舒角幞頭2、軟角唐巾40、角簪43、冠纓43副(凡86条)、象牙笏7、木笏38、玉佩7(凡14繋)、銅佩36(凡72繋)、帯85(藍鞓帯7・紅鞓帯36・烏角帯2・黄鞓帯烏角偏帯40)、大紅金綬結帯7(上に玉環14)、青羅大袖夾衣7、紫羅公服2、褐羅大袖衣36、白羅衫40、白絹中単36、白紗中単7、大紅羅夾蔽膝7、大紅夾裳緋紅羅夾蔽膝36、緋紅夾裳4、黄羅夾裳36、黄羅大帯7、白羅方心曲領7、紅羅綬帯7、黄絹大帯36、皂鞾・白羊毳襪各42対、大紅羅鞋7鞔、白絹夾襪43輛。
  • 濟遜(漢語で「一色服」の意)は内廷の大宴に着る。冬夏の服は異なるが定制はない。凡そ勲戚大臣・近侍は賜わればこれを服し、下は楽工衛士に至るまでみなその服があり精粗上下の制に別があるが総じて「濟遜」と呼ぶ。天子の濟遜、冬の服は凡そ11等:納其実(金錦)・克黙里爾克(翦茸)を服するときは金錦暖帽を冠り大紅・桃紅・紫・藍・緑を服す。布哩頁蘇(襴のある服)を服するときは七宝重頂冠を冠り紅黄粉皮を服す。紅金褡子暖帽を冠り白粉皮を服すときは白金褡子暖帽を冠る。銀鼠を服するときは銀鼠暖帽を冠りその上にみな銀鼠の比肩(俗称「襻子答呼」)を加える。夏の服は凡そ15等:塔納図納奇実(金錦に大珠を綴じる)を服するときは宝頂金鳳鈸笠を冠る。蘇布特図納奇実(金錦に小珠を綴じる)を服するときは珠子捲雲冠を冠る。納奇実を服するときは帽もまた同様。大紅珠布哩頁蘇・紅毛子塔納を服するときは珠縁辺鈸笠を冠る。白毛子金糸布哩頁蘇を服するときは白藤宝貝帽を冠る。駝褐毛子を服するときは帽もまた同様。大紅緑藍銀褐棗褐金繍龍五色羅を服するときは金鳳頂笠を冠り各々その服の色に随う。金龍青羅を服するときは金鳳頂漆紗冠を冠る。珠子褐七宝珠龍褡子を服するときは黄雅庫特宝貝珠子帯後簷帽を冠る。青蘇普金糸襴子(蘇普は回回毛布の精なるもの)を服するときは七宝漆紗帯後簷帽を冠る。百官の濟遜、冬の服は凡そ9等:大紅納奇実1、大紅克黙爾長克1、大紅官素1、桃紅・藍・緑官素各1、紫・黄・鴉青1。夏の服は凡そ14等:素納奇実1、聚線布哩頁蘇納奇実1、棗褐渾金糸蛤珠1、大紅官素帯布哩頁蘇1、大紅明珠褡子1、桃紅・藍・緑銀褐各1、髙麗鴉青雲袖羅1、駝褐・茜紅・白毛子各1、鴉青官素服布哩頁蘇1。
  • 百官公服:羅で作り大袖盤領、みな右衽。1品は紫大独科花(径5寸)、2品は小独科花(径3寸)、3品は散答花(径2寸・枝葉なし)、4品5品は小雑花(径1寸5分)、6品7品は緋羅小雑花(径1寸)、8品9品は緑羅無文。幞頭は漆紗で作り角を展べる。笏は牙製で上円下方、あるいは銀杏木で作る。偏帯は正従1品は玉あるいは花あるいは素、2品は花犀、3品4品は黄金の荔枝、5品以下は烏犀、いずれも8胯鞓で朱革を用いる。鞾は皂皮で作る。
  • 儀衛服色:交角幞頭(巾の後を交折した角)、鳳翅幞頭(唐巾のように両角が上に曲がり雲頭を作り両傍を2つの金鳳翅で覆う)、学士帽(唐巾のように両角が匙頭のように下垂する)、唐巾(幞頭のようにその角を撱にする、両角が上に曲がり雲頭を作る)、控鶴幞頭(交角のように額を金で縷める)、花角幞頭(控鶴幞頭のように両角及び額上に象生の雑花を簇める)、錦帽(漆紗で作り後幅の両旁が前に拱いて中を高くし後に連銭錦を画き前額に聚文を作る)、平巾幘(黒漆革で作り進賢冠の籠巾のような形、青あるいは白)、武弁(皮に漆を加える)、甲騎冠(皮に黒漆・雌黄で縁る)、抹額(緋羅に宝花を繍う)、巾(絁に五色で宝相花を画く)、兜鍪(皮に金塗り、五色は甲に随う)、襯甲(雲肩のような形、青錦質・白錦縁、氈で𠂻し白絹で裏打つ)、雲肩(四垂雲のような形、青縁黄羅、五色を嵌め金で作る)、裲襠(衫のような形)、襯袍(緋錦を用いる、武士が裲襠を裼するもの)、士卒袍(絹絁で宝相花を繍う)、窄袖袍(羅あるいは絁で作る)、辮線襖(窄袖衫のような形、腰は辮線細摺)、控鶴襖(青緋二色の錦で円答宝相花)、窄袖襖(長行輿士が服す紺緅色)、楽工襖(緋錦明珠琵琶の窄袖辮線細摺)、甲覆膊・掩心・扞背・扞股(皮で作り虎文あるいは獅子文あるいは金鎧鎖子文を施す)、臂鞲(錦で作り緑絹裏、双帯あり)、錦螣蛇(麻で束ね長1丈1尺、紅錦で裹む)、束帯(紅鞓・双獺尾・黄金塗銅胯、余は腰帯と同じだが狭小)、絛環(銅を黄金塗りにする)、汗胯(青錦で作り銀褐錦あるいは撲獣を繍い雲気を間ねる)、行縢(絹で作る)、鞋(麻で作る)、䩺鞋(皮で作り靿を長くし行縢の内に縳る)、雲頭鞾(皮幇に雲朶を嵌め頭に雲象を作り脛に束ねる)。
  • 服色等第:仁宗延祐元年(1314年)冬12月、服色等第を定めて詔した。「比年以来、所在の士民は靡麗を相尚び尊卑混淆し僭礼費財、朕の取らざるところである。貴賤に章あり益々明らかにするのが国制であり、倹奢を中節すれば民財を阜すことができる」。中書省に命じて服色等第を次の通り定立させた。
  • 蒙古人は禁限に在らず、集賽(祭祀集会)に当たる諸色人等もまた禁限に在らないが、龍鳳文(龍とは5爪2角のもの)を服することのみ許さない。
  • 職官は龍鳳文を除き1品2品は渾金花を服し、3品は金褡子を服し、4品5品は雲袖帯襴を服し、6品7品は6花を服し、8品9品は4花を服す(職事は散官の従一に髙し)。繫腰は5品以下は銀及び減鉄を用いることを許す。
  • 命婦の衣服は1品至3品は渾金を服し、4品5品は金褡子を服し、6品以下は銷金・金紗褡子のみを服す。首飾は1品至3品は金珠宝玉を用いることを許し、4品5品は金玉珍珠を用い、6品以下は金を用いる(耳環のみ珠玉を用いる。同籍で親疎を限らず期親は別籍・出嫁も同じ)。
  • 器皿(茶酒器を謂う)は鈒造の龍鳳文を使用してはならないほかは、1品至3品は金玉を用いることを許し、4品5品は台盞のみ金を用い、6品以下は台盞は鍍金を用い、余はみな銀を用いる。
  • 帳幕は赭黄龍鳳文を用いてはならないほかは、1品至3品は金花刺繍紗羅を用いることを許し、4品5品は刺繍紗羅を用い、6品以下は素紗羅を用いる。
  • 車輿は龍鳳文を用いてはならないほかは、1品至3品は間金粧飾銀螭頭繍帯青幔を用いることを許し、4品5品は素獅頭繍帯青幔を用い、6品至9品は素雲頭素帯青幔を用いる。
  • 鞍轡は1品は金玉で飾ることを許し、2品3品は金で飾り、4品5品は銀で飾り、6品以下はみな鍮石銅鉄で飾る。
  • 内外に出身ある考満・応入流見役の人員の服用は9品と同じ。
  • 各投下の令旨・鈞旨を授かり印信を有し見任の勾当人員もまた9品と同じ。
  • 庶人は赭黄を服してはならないほかは、暗花紵糸紬綾羅を服することのみ許す。毛毳帽笠には金玉の装飾を許さず、鞾には花様を裁制できない。首飾は翠花並びに金釵錍各1事のみ用いることを許す(耳環のみ金珠碧甸を用い余は銀を用いる)。酒器は銀の壺瓶・台盞・盂・鏇のみ用いることを許し余は禁止。帳幕は紗絹を用い赭黄を用いてはならない。車輿は黒油の斉頭平頂・皂幔とする。
  • 諸色目人は行営帳を除きその余はみな庶人と同じ。
  • 諸職官の致仕は見任と同じ、解降された者は応得の品級に依り、叙されない者は庶人と同じ。
  • 父祖に官があり没して年深く、除名不叙の限にあたらない者は、その命婦及び子孫は見任と同じ。
  • 諸楽芸人等の服用は庶人と同じだが、承応粧扮の物は上例に拘らない。
  • 皂隷・公使人は紬絹のみ服することを許す。
  • 娼家は出入に皂の褙子のみ服し、車馬に乗坐してはならない。余は旧例に依る。
  • 今後、漢人・髙麗・南人等が集賽に投充する者もまた禁限に在る。
  • 服色等第は上を兼ねることを得るが下は上を僭してはならない。違反者、職官は見任を解いて期年後に一等降叙、余人は五十七を決す。禁物に違反したものは告捉人に付し賞に充てる。有司の禁治が厳しくない場合は監察御史・廉訪司から究治する。御賜の物はこの禁限に在らない。

輿輅

  • 玉輅:青質・金装、青糸の藻井は栲栳輪蓋の外に金装の雕木雲龍を施す。内盤に碾玉福海円龍1、頂上に金塗鍮石耀葉81(上囲9のもの2、中囲9のもの3、下囲9のもの4)を匝らせる。頂輪衣3重(上2重は青繍雲龍瑞草、下1重は無文)。輪衣内に黄屋1、黄素紵糸瀝水、下に朱糸結網を周垂、青紵糸繍小帯48(帯頭に金塗小銅鈴を綴じる)、青紵糸繍絡帯2。頂輪は平素面、夾に青紵糸を用いて蓋う。四周に流蘇8を垂れ五色茸線結網5重で飾り、金塗銅鈸5・金塗木珠25、また玉雑佩5(珩璜衝瑀全)・金塗鍮石鈎掛16、黄茸貫頂天心直下十字繩2(各長3丈)を繋ぐ。蓋下に朱漆柱4を立て、柱下は直平盤で虚櫃中に櫺30、下外桄2、犀象・鸚鵡・錦雉・孔雀を漆で繪き隔窠に嵌装花板。櫃周りは朱漆勾闌の雲拱地霞葉179、下に牙護泥虚板と朱漆瑞草の勾闌を垂れる。上に玉行龍10・碾玉蹲龍10・孔雀羽台9・水精面火珠7・金圈焰銅照8。輿下周りに朱糸結網を垂れ金塗鍮石鐸300で飾り、綵画鍮石梅蕚を網眼中に嵌める。輿の長轅は3界轅(勾心各3、上下龍頭6)、前轅引手は玉螭頭3(蹲龍を繋ぐ)、後轅は方罨頭3・桄頭16(蹲龍3を絟る)、轅頭衡1(両端に玉龍頭2、上に金塗銅鳯12を列ね金塗銅鈴を含む)。輿の軸1・輪2、軸の挲羅2・明轄・蹲龍絟はみな青漆。輪の輻は各24、轂首は圧貼金塗銅、轂葉81、金塗鍮石擎耳・戀攀4。櫃の前に朱漆金装雲龍輅牌1(牌字は玉で装綴)。輅の箱4壁は雕鎪漆画で填心隔窠亀文の華版、上層は左に青龍・右に白虎・前に朱雀・後に玄武を画く。輅の前額に玉行龍2(水精珠を奉ずる)、後額も同様。前両柱に青茸鈴索5・貼金鸞和・大響銅鈴10・金塗鍮石双魚5。下に朱漆軾櫃1(櫃上に金香毬・金香宝・金香合・銀灰盤各1、みな黄糸綬帯)。輅の後に朱漆後轛1・金塗曲戍・黄紵糸銷金雲龍門簾1・緋紵糸繍雲龍帯2。輅の中に金塗鍮石較碾玉龍椅1(靠背上に金塗圈焰玉明珠1)、左に太常旂1(12斿、青羅に日月五星升龍を繍う)、右に闒㦸1(9斿、青羅に雲龍を繍い中央は黄羅に青黒黼文、両旗の綢杠はみな青羅で旗首に金塗鍮石龍頭2・金塗銅鈴2・金塗鍮石鈸・青纓緌12重・金塗木珠流蘇12重)を建てる。龍椅上に方坐1・緑褥1(いずれも錦銷金)、黄羅夾帕1、方輿地褥2、勾闌内褥8(雑錦綺)、青漆金塗鍮石鉸葉踏道1、小褥5重、青漆雕木塗金龍頭行馬1、小青漆梯1、青漆柄金塗長托义2・短托义2(金塗首)、青漆推竿1、青茸引輅索2(各長6丈余)、金塗銅環2、黄絨綏1。輅馬・誕馬はみな青色、鞍轡鞦勒纓拂靷はみな青韋で金飾、誕馬は青織金紵糸屜4・青羅銷金絹裏籠鞍6。蓋輅は黄絹大蒙帕1・黄油絹帕1。駕士の平巾大袖はみな青繍紵糸で作る。
  • 至治元年(1321年)、英宗が太廟を親祀するにあたり中書及び太常礼儀院・礼部に鹵簿の5輅を定擬させた。平章政事張珪・留守王伯勝・将作院使明埒棟阿(メレドンガ)・侍儀使伊喇圖們(イラトゥメン)がこれを董した。この年に玉輅が成り、翌年の親祀にこれに乗った。その後さらに4輅の製造を命じたが未成のまま罷んだ。
  • 金輅:赤質・金粧で、玉輅と基本構造は同じだが、細部が金・赤色に統一される。青緑藻井栲栳輪蓋外に金粧雕木雲龍、内盤真金福海円龍1(耀葉81は玉輅と同数)。頂輪衣3重の上2重は大紅繍雲龍瑞草。大紅紵糸繍小帯48(金塗小銅鈴300を綴じる)、大紅紵糸繍絡帯2、緋紵糸で蓋う。金塗鍮石の雑佩8・鈎掛16。柱・櫃・勾闌の構造は玉輅と同じ、行龍・蹲龍・孔雀羽台等も金塗鍮石製とする。軸・輪等の漆はみな赤。輅牌の曲戍は金塗鉄。輅の中は黄粧銅鉸龍椅1、旂・闒㦸の羅はみな緋羅・大紅羅(旗首金塗鍮石、纓緌は朱色)。龍椅上の方坐子は金錦、褥は緑喀提(金錦)、輅馬・誕馬はみな赤色で赤韋・金粧、駕士の服は緋繍紵糸。
  • 象輅:黄質・金粧で、内盤は描金象牙雕福海円龍1。頂輪衣は黄繍雲龍瑞草、小帯・繍帯は黄紵糸。行龍・蹲龍等は描金象牙雕とする。輅牌は金漆金粧、輅の中は黄金粧鉸描金象牙雕龍椅1。旂・闒㦸は黄羅、旗首は金塗鍮石で纓緌は黄色。輅馬・誕馬はみな黄色で金粧黄韋、駕士の服は黄繍紵糸。
  • 革輅:紵糸金粧で、内盤は描金白檀雕福圓海龍1。頂輪衣は素白繍雲龍瑞草、小帯・繍帯は素白紵糸。輅箱4傍は革鞔(革張り)で漆画。行龍等は描金白檀。輅の中は金粧鉸白檀雕龍椅1。旂・闒㦸は白羅(あるいは素白羅)、旗首は金塗鍮石で纓緌は素白(鸚鵡文)。輅馬・誕馬はみな白色で白韋・金粧、駕士の服は白繍紵糸。
  • 木輅:黒質・金粧で、内盤は描金紫檀雕福海円龍1。頂輪衣は皂繍雲龍瑞草、小帯・繍帯は皂紵糸。上の行龍・蹲龍は金嵌鑌鉄で作る。輅の中は金粧烏木雕龍椅1。旂・闒㦸は皂羅、旗首は金塗鍮石で纓緌は紫色。輅馬・誕馬はみな黒色で淺黒韋・金粧、駕士の服は紫繍紵糸。
  • 腰輿:香木で作り、後背に山字形の牙嵌七宝で雲龍を粧った屏風があり、上に金圈焰明珠を施す。両傍に引手屏風、下に雕鏤雲龍の床坐を施す。前に踏床、喀提錦褥1が坐上にあり、貂鼠縁の金錦条褥・緑喀提の方坐がある。
  • 象轎:象に駕けさせ、巡幸のときにこれに乗る。