大唐西域記憍薩羅國

  • 要旨: 憍薩羅国は龍猛(龍樹)菩薩と提婆菩薩の師弟の出会いや、龍猛が自ら命を絶った逸話、洞窟を掘り抜いて建てられた壮大な伽藍で知られる国と記す。

地理と統治

  • 周囲六千余里、山地に囲まれ、大都城は周囲四十余里、土地は肥沃で人口が多いとする。
  • 人々は体格が大きく色黒で気性は剛猛、正邪双方の信仰を持ち学芸に優れるとする。
  • 王は刹帝利種で仏教を篤く敬い慈悲深いとし、伽藍百余か所、僧徒一万人近くが大乗を学び、天祠七十余か所に異教徒が雑居するとする。

龍猛と提婆の出会い

  • 城南の故伽藍は、龍猛菩薩がかつて滞在した場所とし、時の王・娑多婆訶(引正)が龍猛を篤く敬っていたとする。
  • 執師子国から論争を挑みに来た提婆菩薩に対し、龍猛が水を満たした鉢を示し、提婆が無言で針を投げ入れて応じたという禅問答めいたやり取りを通じて互いの力量を認め合い、提婆が龍猛の弟子となったという逸話を記す。

龍猛の自刎

  • 龍猛菩薩は薬術に通じ長寿を保ち、王もその恩恵で数百年生きたとし、王位を継げないことに焦った王子が、母の勧めで龍猛に頭を求めに行ったという逸話を記す。
  • 龍猛は菩薩としての布施の精神から自ら茅の葉で自分の首を刎ねて命を捧げたが、その死とともに王も同時に命を終えたという結末を記す。

跋邏末羅耆厘山の伽藍

  • 国西南の跋邏末羅耆厘山には、引正王が龍猛のために山をくり抜いて建てた五層の壮大な石窟伽藍があるとする。
  • 建立資金が尽きて困った王のため、龍猛が薬で山の石を金に変えたという逸話や、完成後に僧団内の争いが起きて封鎖され、以後誰も出入りできなくなったという後日談を記す。