大唐西域記迦摩縷波國

  • 要旨: 迦摩縷波国は仏教が全く根付いていない特異な国だが、王が学識ある僧を篤く敬い、玄奘を戒日王のもとへの招待に導いたと記す。

地理と風俗

  • 周囲万余里、大都城は周囲三十余里、河川や湖沼が多く土地は肥沃とする。
  • 人々は容貌が小柄で色黒、気性は荒々しいが学問を尊ぶとし、天神を奉じ仏法を信じないため、仏教興起以来今日まで伽藍が一つも建てられていないとする(密かに仏教を信じる者もいるが表立てないとする)。
  • 天祠数百か所に数万人の異教徒がいるとする。

拘摩羅王の招請

  • 現王(拘摩羅王、婆塞羯羅伐摩)は那羅延天の末裔を称する婆羅門種で、代々千世にわたり王位を継いできたとし、仏法は信じないが学識ある沙門を敬うとする。
  • 王がしばしば那爛陀寺の玄奘を招請し、戒賢論師の勧めで玄奘がついに応じて会見したという経緯を記す。
  • 王が「摩訶至那国の秦王天子」の名声(『秦王破陣楽』)を聞いていたことを語り、玄奘がこれに応じたとし、王は戒日王が羯朱嗢祇羅国で大施会を催すことを伝え、玄奘を同行させたとする。

東境の風土

  • 国の東は山地が続き大国はなく、西南夷(中国南西部)に接し、住民は蛮族に似た風俗を持つとし、蜀の西南境まで徒歩二か月ほどの距離だが山川険阻で毒蛇・瘴気の害が多いとする。
  • 東南には野生の象が多く、この国は象の軍勢に優れるとする。