大唐西域記缽邏耶伽國

  • 要旨: 缽邏耶伽国は二つの大河の合流点にあり、提婆菩薩の外道論破の逸話や、戒日王による大施場、苦行者の風習で知られる国と記す。

地理と風俗

  • 周囲五千余里、大都城は二つの大河(ガンジス川とヤムナー川)の合流点に位置し周囲二十余里、穀物・果樹に恵まれ気候は穏やかとする。
  • 学芸を好むが外道を信じる者が多く、伽藍二か所は僧徒が少なく小乗を学び、天祠は数百か所と多いとする。

仏の遺跡と提婆の逸話

  • 城西南の花林の無憂王建立の仏塔は、釈迦が外道を降した場所とし、傍らに仏の髪・爪塔や経行の遺跡があるとする。
  • その傍らの故伽藍は提婆(天)菩薩が『広百論』を著し、小乗と外道を論破した場所とし、南インドから来た提婆が外道の婆羅門と問答で言葉遊びのように応酬し、最終的に外道を屈服させたという逸話を記す。

天祠にまつわる伝説

  • 城中の霊験あらたかな天祠は、この場所での喜捨や自死が特に功徳が大きいとされる場所とし、木の下に人食い鬼が棲むという言い伝えとともに、古来多くの者が誤って命を投げ出してきたと記す。
  • ある聡明な婆羅門が民衆を教化しようとして自ら投身を装ったが、実際には木の下に布を敷いて助かり、目撃した天上の様子が実は邪神の誘いに過ぎなかったと悟ったという逸話を記す。

大施場と苦行者

  • 城東の二河合流点は古来諸王が施しを行う「大施場」と呼ばれ、戒日王も五年ごとに蓄えた財を全て投げ出し、身分に応じて仏・僧・学者・外道・貧者の順に施しを行ったという慣わしを記す。
  • 大施場の東の合流点では、天に生まれることを願って断食の末に入水自殺する者が絶えず、動物までもがこれに倣うという風習や、高い柱の上で一日中片手片足だけで身を支え続ける苦行者の様子を記す。