大宋中興通俗演義第五十三回 宋の劉錡、順昌で激戦する (宋劉錡順昌鏖兵)
兀朮、自ら順昌へ出陣
- 順昌での大敗を知った兀朮は激怒し、自ら十万の兵を率いて順昌へ向かった。劉錡は籠城継続の是非を諸将と協議、吳端は撤退を進言したが陳規・劉錡はこれを退け、士気を保って籠城継続を決めた。
反間の計
- 劉錡は部将の曹成に偽って敗走・捕虜となる役を命じ、兀朮の尋問に「劉錡は太平の辺将で遊興好みの凡将にすぎない」と偽証させた。兀朮はこれを信じ「この城は容易に破れる」と油断した。
- その後、捕虜交換で曹成は帰還し、兀朮側の油断ぶりを劉錡に報告。劉錡は挑戦状を送り、あわせて潁河に毒を仕込み、上流を汚染させる策を準備した。
劉錡の挑戦状
- 劉錡は兀朮に対し、盟約破棄を非難し決戦を求める書状を送った。(詩:劉錡の戦書の趣旨を要約)兀朮は激怒しつつも交戦の日取りを約した。
- 兀朮は鉄浮図(重装備の連結騎兵)や拐子馬などの布陣を整え、韓復雄・葛王烏祿・龍虎大王らに役割を分担させて出撃した。
順昌の決戦
- 猛暑の中、金軍は長距離行軍で疲弊し飲水にも苦しんだ。劉錡は敵の疲労を見計らって出撃を命令、趙樽・韓直らが西門から突入、劉錡自身も閻充・許清と共に金陣を突破した。
- 閻充が金将撒哈虎を討ち、劉錡も金将阿哩摩王を斬るなど宋軍が優勢に転じ、拐子馬も馬脚を斬られて崩れ、金軍は総崩れとなった。兀朮は白袍姿で自ら陣頭に立ったが支えきれず退却。
- 夜の大雨の中でも宋軍は追撃を続け、兀朮は数十里も後退。劉錡は兵に食事を与えつつ休まず追撃を続けさせ、金軍にさらなる大損害を与えた。
戦果報告
- 劉錡は兀朮を大敗させ、馬匹・食糧・武具を多数鹵獲。捷報は臨安に届き、高宗は大いに喜んで劉錡の将兵に功に応じた昇進・褒賞を与えた。