大宋中興通俗演義第三十八回 岳飛、二戦して李成を破る (岳飛兩戰破李成)

蘄州攻略と京超の最期

  • 岳飛は劉豫・李成が襄陽六郡を奪い浙江へ進もうとしていることを見て、まず六郡を回復すべしと奏上、朝廷はこれを許した。
  • 岳飛は蘄州に至り、齊将京超が固守する城を攻める。渡江の途中、必ずこの敵を討つと将士に誓う。
  • 城下で京超に投降を勧めるが拒まれ、折しも兵糧が一日分しか残らないと知った岳飛は「明日城を破れば食にありつける」と将士を鼓舞し、翌朝敢死隊五百を先鋒に城を陥落させた。京超は逃げ場を失い崖から身を投げて死に、部下の劉楫を捕らえて処刑。蘄州を回復し、郢州・随州も攻略した。

襄陽・鄧州の回復

  • 岳飛軍は襄陽で齊将李成の軍と対峙。李成が地形を誤って騎兵を険阻な江岸に、歩兵を平地に配したのを見抜き、張憲・岳雲、牛臯・王貴にそれぞれ両翼を攻めさせ、自ら中軍を攻めて大勝、李成を敗走させ襄陽を回復した。
  • 岳飛は金軍が財貨に溺れ志を失い、劉豫の傀儡政権に人心は服していないとして中原恢復の好機を奏上、営田の議も進められた。
  • 敗走した李成は金に投じ、金将劉合孛堇と共に鄧州奪還を図るが、岳飛は伏兵と挟撃の策で再びこれを大破し、鄧州を回復。襄陽・漢水一帯が平定され、川陝の道が開通した。

高宗の褒賞とさらなる転戦

  • 高宗は岳飛の用兵の巧みさを賞賛し、御札を下して廬州救援を督促した。
  • 岳飛は廬州へ急行し、精忠の旗を掲げて金軍を威嚇。敵の動揺を見て即座に追撃させ、金軍を大敗させて廬州の囲みを解いた。
  • 岳飛は襄陽六郡の民の窮乏を訴え流民の招撫を求め、高宗はこれを容れて岳飛を清遠軍節度使等に昇進させ、慰問の詔を下した。

兀朮の撤退の決断

  • 韓世忠に大儀で敗れた聶兒孛堇は淮を渡って北帰。兀朮は世忠に決戦を挑む書を送るが、世忠は伏兵を固め、使者に見せかけの薄礼で対応させ、張濬が鎮江で軍を統べていると知らせた。
  • 兀朮は張濬が既に鎮江にいることを知り驚き、世忠の計略の巧みさと張濬の存在を見て不利を悟り、金国への撤退を部下と協議し始めた。