大宋中興通俗演義第三十二回 岳飛、計を用い曹成を破る (岳飛用計破曹成)

偽情報による誘引

  • 曹成は太平場に数十里に及ぶ堅固な陣を構えて守りを固めた。
  • 岳飛は捕らえた曹成の間者をわざと逃がすため、糧食が尽き将兵が水土に合わず病に苦しんでいるかのように装う芝居を打ち、密かに全軍を茶陵県へ撤退させる手はずを整えた。
  • 間者はこれを信じて曹成に報告し、曹成は喜んで追撃と伏兵の指示を出した。

伏兵による撃破

  • 岳飛はあらかじめ張憲・岳雲らに伏兵を命じ、火箭を合図に各将が四方から曹成軍を包囲する策を仕掛けていた。
  • 曹成軍が追撃してくると、伏兵が一斉に起こって包囲し、同時に曹成本陣も焼き払われ、糧草を奪われた。曹成軍は大混乱に陥り、曹成は桂嶺へ敗走した。
  • 逃走中、味方の劉興が助けようとしたが、追撃してきた韓京に討ち取られた。

桂嶺三関の攻略

  • 桂嶺には北蔵嶺・上梧関・蓬嶺の三関があり、曹成は北蔵嶺と上梧関を占拠して守りを固めた。
  • 岳飛は自ら盾を取って先頭に立ち嶺を攻め上らせ、桂嶺を陥落させた。斬首一万三千余、降卒三万余を得て、賊将郝通・楊再興を捕らえて配下に加えた。
  • 曹成は単騎で敗走し、湖南から豫章の賊勢に投じて首領に推された。

韓世忠による曹成の招安

  • 岳飛は張憲・王貴に一万の兵で曹成を追わせたが、韓世忠がすでに范汝為を平定し豫章に至っていたため、韓世忠が招撫を行い、曹成はこれに降った。
  • 岳飛は嶺表平定を果たし、永州祁陽県の駅舎の壁に、二聖(徽宗・欽宗)を思い忠孝を尽くす決意を記した文を残した。
  • 高宗は捷報を喜び、岳飛を中衛大夫武安軍承宣使に昇進させ、将士にも恩賞を与えた。

李成討伐への転戦

  • 岳飛軍は筠州で賊首李宗亮らを討ち一万八千を降し、高宗より行在への召還命令を受ける。
  • 江西宣諭の劉大中は、岳飛が去れば治安が乱れるとして、李成(自称「李天王」)討伐への出兵を進言。高宗はこれを容れ、岳飛は張俊とともに李成討伐に向かうこととなった。
  • 西山に立てこもる李成軍を前に苦戦する張俊に対し、岳飛は上流の生米渡から奇襲する策を提案。実行して敵陣を突破し、賊将馬進を討ち取って大勝、さらに岳雲・張憲が伏兵で馬雄・趙万を討ち取り、朱家山に駐屯した。