大宋中興通俗演義第八回 宋の高宗、金陵で即位する (宋高宗金陵即位)
李固渡の勝利
- 岳飛は李固渡で陣を布く。金将・完顔帖木児が挑発し、副将吉倩と一戦交えるが伏兵に囲まれ苦戦、岳飛が救援に駆けつける。岳飛は完顔帖木児と渡り合い、偽って退くと見せかけ鋼鞭で一撃、金将を討ち取った。金兵は総崩れとなり、宋軍は多くの輜重・牛馬を得た。康王はこの功により岳飛を成忠郎に昇進させる。
東京救援
- 東京開封が危急と知らせが入り、劉浩が救援を志願、岳飛も同行を願い出る。康王は岳飛を先鋒、劉浩を主将として十万の兵を発した。
- 黄河北岸で哨戒中の岳飛は突如現れた金兵と対峙。撤退すれば弱みを見せると判断し、単騎で敵陣に斬り込み、敵将を一刀のもとに討ち取る。金兵は浮足立ち総崩れとなり、岳飛は多くの馬匹・輜重を鹵獲。劉浩の報告により康王は岳飛を秉義郎に昇進させた。
張邦昌の僭位
- 金は呉開・莫儔を京師に遣わし異姓の擁立を画策。王時雍らが張邦昌の名を議状に記す中、張叔夜は署名を拒み、太学生らも同調せず、馬伸・呉給・秦檜らは反対の議状を金軍に呈するが秦檜は捕らえられる。
- 丁酉の年、張邦昌は金の冊命を受け「大楚」皇帝として即位。文徳殿での受賀の際、部下の吳革らが挙義しようとするが范瓊に鎮圧され殺害された。張邦昌自身も心安からず、呂好問の進言もあって元祐皇后を迎え垂簾聴政とし、済州の康王を迎える使者を送る。
康王、南京にて即位
- 宗沢の進言により、康王は南京応天府へ進み帝位に就くことを決意。道中、劉光世・孫昭遠らの軍勢も合流する。
- 南京に着いた康王は張邦昌の伏地謝罪を寛容に受け止め、群臣に推されて建炎改元・皇帝即位(高宗)を果たした。